逃亡見聞録_d

南から逃げてきた

長い。多い。

昨日は2時間、一昨日は2時間、今日こそ無いが、週明けに3時間、なぜ、ミーティングがこんなにも長く、頻度が高いのか。疑問に思わんのか。

無駄な会議を批判する人々は常に存在する。しかし、無駄な会議は無くならない。その理由が自分がウンザリするほどミーティングに参加して初めて気づいた。

恐らく「無駄な会議」は存在しない。

私が参加した会議のうち、私が必要な会議とはいくつあったのだろう。進捗を聞かれて、答えただけという場面はいくつもあった。問題提起や解決案の提示なんて、私はあまりしたことがない。時たま意見を出しても、撥ね付けられてしまう事が何度かあった。普通にしょんぼり。こうして人は墜ちていく。最近は、空に向かって相槌を打ち、何か聞かれたら答えるだけ。全自動な営みをひたすら続けている。その様は打ち捨てられたBotアカウントを思わせるだろう。思わんか?これでは会議に参加する意義を見つけられるわけがない。

相槌(+頷き)をtweetしながら、ミーティングの内容を聞き流す。どうやったら、心身ともにミーティングに参加できるのか。私には分からない。藁にもすがる思いで、仲の良い先輩に尋ねてみる。

「俺、ミーティング中寝てるからわかんない。」

聞く相手を間違えた。クソかよ。そういえばこいつ、業務中に船漕ぎまくってたな。心中悪態をついて、話題を終わらせようとした時、

「そもそも、個人間でやりとりしてれば、定例のミーティングなんていらんしね。」

なるほど、と思った。確かに、ミーティング以外でやりとりをしていれば、ミーティングなんぞはいらん。この大ネットワーク時代、いい大人が小部屋に集まってうーむと頭を傾けるだけの時間なんていらん。小学生ですらLINEグループでやりとりをしている。

アジャイル開発におけるミーティングの意義ってなんだろうと少し調べてみたら、定例ミーティングを全否定している記事を見つけた。正確に言うと、Yegor Bugayenkoさんの記事:Daily Stand-Up Meetings Are a Good Tool for a Bad Managerを和訳した記事、である。2015年夏と古いかもしれないが、マネジメント手法は最新であれば良いというものでもない。

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プロジェクトマネージメントにはコミュニケーション管理が必要だ。 情報伝達フローが適切に構成されていれば、チームメンバはいつどのようにマネージャに報告すればいいかが分かる。 何か問題が起きたとき、そういう状況をどのように報告しなければいけないかを全員が知っている。即時、直接報告するのだ。

まさに、先輩が言っていたようなことをこの記事は発信している。まぁ、先輩はただのプログラマーで、単純に集団の中で何か喋るのが億劫ってだけだろうが、この記事は「マネージャー」という立場に焦点をあてていて、かなり灰汁の強い文章だが、それなりに納得できる。

  1. 「複雑なタスクを小さいサブタスクに分解する。」
  2. 「それらを部下に委譲する。」
  3. 「報酬と、ペナルティと、ルールをはっきりと伝える。」
  4. 「 報酬はちゃんと支払われること、ペナルティは免れられないこと、ルールは厳格に守られることを確実にする。」

上記の4ステップをやっているマネージャーを、私は知らない。そもそも、日本企業で3、4を実行できるほどの権限を持つマネージャーっているんだろうか?

みたいな話を大衆居酒屋で先輩に話したところ、「お前は俺の最終出社日にそんな話をすんのか。」と若干キレ気味だった。この人とは長い付き合いになりそうである。